2009年4月6日月曜日

私の英語 3

数年前に書いた文章です。

 私はAll in one second edition と All in one Exercise をこのWeb siteをみて購入しました。Webで見たときは断然All in one Exercise が魅力的でPDFで中身をちょっとのぞいてもAll in one Excerciseだけでもいいわね、と思っていたのでした。ところが書店で両書をみてみたら、意外なことに評価が全く正反対になってしまったのです。 All in one SEの方が断然おもしろいのです。Exerciseの方は今までの受験参考書とあまり大差なく勉強のための本と言う感じで開いた本から漂う雰囲気が硬いなあと思いました。(もちろんこれは私個人の独特の感覚ですからこの本の評価とは別のことです。)
 私は英語を学んでかなりな年月になりますが、あまり、真面目な学習者ではありません。ですから、毎日1時間学習するとか、問題を解くということが苦手なのかもしれません。ただ1日に2時間以上は英語を聞いています。これも最初は義務でしたが、今は習慣になってしまって聞かないとさびしいような感じです。でも1日にそれだけを聞いているわけではなくたいてい家事をしているときにケーブルテレビをかけっ放しにしているだけです。それでも毎日新しい発見があって私の楽しみになっています。
 さて、書店で二冊を見比べたときExerciseはお勉強で苦手だな、と思いました。それにくらべてAIOは夢中で立ち読みをする感じでどんどん先を読みたい気がしてずいぶん立ち読みをしてしまいました。非常に変な表現ですが、AIOはたくさんの写真がはってあるアルバムのようで興味が尽きない本のようで、exerciseは部品がもがれたお人形がならべてあって、さあ正しい部品を選びなさい と言われているようで、おおげさにいえば、不完全な文がかわいそうに思えて好きになれませんでした。(何度も言うようですがこれは私の偏見です。)でも、白状しますが、exerciseのような問題集を何度も途中で放り出し、それなのに生徒に問題集を一冊やり通さないと英語力はつかないといっていたのです。(あ、英語を教えていることがばれちゃった。)
 この経験から私はいろいろな事を考えさせられました。意味のある例文をたくさん読むことは楽しいことなのですね。AIOをもち歩いてどこでも開いたところの英文を読む。どこでもできるし、時間もあまりとらないし、何よりもおもしろく、楽しい。正しい使い方ではないかもしれませんが私にはこれが一番です。
 例文がよく練られている安心感があります。また、いろいろな発見があります。To stay fit,,, という文を読んでいた時、最初なんのこっちゃと思ったのですが、、、頭の中でビューンと音がしてfitnessという言葉が浮かんで、頭の中の「健康」を扱っているデータベースへ飛んでいく気がしました。するとその後に健康に関することばがでてきて文全体の意味がああやっぱりねとわかってくるのです。
 ほんとうに写真アルバムみたいですね。写真をみて何かヒントになるものをみつけるとその写真がどこで撮ったかわかるようです。また小さなジグゾーパズルをしている気がするときもあります。パズルの最後のピースがわからないで、イライラしても下の語句の意味をみてすっきりします。(oddって奇妙なとか、奇数の意味だけど、この文章の中ではどうもおかしい。といって下をみると、あ、そうか、oddは勝率というう意味をあったわね。ここにぴったり、納得。)
そこで、最初のお願いなのですが、All in oneの旧版には500以上の例文があったというではありませんか。楽しい本は終わってほしくないと思うように量がたくさんあるのは全然苦労でなく、もっともっと読みたいものです。どうしたら、All in one の旧版が手に入るのでしょうか。

2009年4月5日日曜日

語学のこつ(今の考え)その2

この本で私が学んだ
一番大きなことは

1.語学(語術?)は独学が大事である。
2.語学では音からはいるとよい。

ではないかと思う。

 カタロニア語を学び始めたころは、とても、やる気があって、
10日間で100時間一つの歌を聞き続けたことがあった。
 でも、今はその歌を思い出せない。
 でも、初めてみるカタロニア語の意味がわかるようになったし、
 初心者用のカタロニアーカタロニア語辞書がわかるようになった。

3.なるべくはやい時期にモノリンガル辞書を使う。

 これもいいアイディアだと思う。 バイリンガル辞書は初歩の段階では必要だけど、
 使い続けると、日本語からなかなか抜け出る事ができない。

4.教科書やテキストはなるべく はやい時期に二ヶ国語版から その国の言葉で書いてあるものを使うようにする。
 
 娘がドイツでドイツ語を学んだ経験から、日本のドイツ語のテキストはなんで、あんなに
 日本語が多いのかと不思議がっていた。 
 私の場合、カタロニア語の語学書なんて、日本にほとんどないので、自分でインターネットでさがして、ダウンロードしなければならなかった。
 でも、最初、何もわからないのに、教科書を探すのに、苦労した。
が、不思議なことに、経験をつむと、どこに自分の必要なものがあるのか、見当がつくようになる。
 これから、少数言語(アフリカーンスや広東語)を学ぶのに、教材を探すのに役に立つだろう。

「英語は絶対勉強するな」から学んだ語学のこつ(1)

4月5日ある人への手紙
私は「英語は絶対勉強するな」で効果がありました。どうも「英語は絶対勉強するな」は今はあまり、評判がよくないようですが、何か本質をついているような気が私にはします。特に、第二外国語を学ぶには音から入るというのが効果的だと思います。英語は日本では特に受験だとか、TOEICだとか、英検だとか、いろいろ他の要素が入ってくるので、そのよさが現れにくい気がします。
 私は少数言語をほぼ、教科書なしで学びはじめて、このよさがわかったような気がします。

ただいまの私の趣味は語学学習だが、
自分なりの方法がありそうな気がする。
「英語は絶対勉強するな」からどう自分で道を探してきたか、少し考えて見る気になった。

2月21日の日記
多言語頭脳化計画
何を血迷ったか
先週は多言語頭脳計画にほとんどの自由時間を使ってしまった。

目標言語
〇カタルーニャ語
(英語の次によく知っている言葉)
〇ドイツ語
(娘がドイツに行っていたので、なじみがある。他のヨーロッパ言語よりは意外に英語に近い。)
〇フランス語
(大学のとき、1年やった。少し語彙を覚えている。)
〇スペイン語
(カタルーニャ語の次にやりたい言語。通じる範囲が広いので。ただ、カタルーニャ語とまぎらわしいので少し、心配。)
〇ポルトガル語
(スペイン語をやるなら、ついでにやってしまおう。)
〇イタリア語
(ポルトガル語をやるなら、ついでにやってしまおう。なぜか日本では大人気)
〇アラビア語
(アラビア語を学習している知人がいるので。国連の公用語だし、でも字が読めない。)
〇韓国語
(人がいうには日本人にはやりやすい言語だそうだ。だが文字が全然読めない。)
〇広東語
(昔、北京語をかじったので、少し、なじみがある。それに、漢字は発音がわからないのに、なんとなく意味が推測できる。)
〇北京語
(大学時代、第二言語でした。)
〇アフリカーンス
(南アフリカで使われているドイツ語とオランダ語の親戚の言葉だそうです。)
すると オランダ語も?

2009年3月14日土曜日

Sarie Maraisの研究3

おまけ
今回 検索するのに Youtube と Google をつかった。
最初 Sarie Marais の 歌だけ 学習しようとしたときには
全く、知識がなかった。 ボーア戦争の強制隔離なんて知らなかった。
インターネットは不思議ですごいものだ。
だが、ソースがwikipediaだけで、裏づけがないのが少々気になる。
まあ、そのことは忘れないでおこう。
その他も調べていくうちにいろいろおもいろいことがわかった。

さて、
YOutubeではSarie Marais をアフリカーンスで歌った歌手が3人いる。
1 Helmut Lotti
http://www.youtube.com/watch?v=839JGiLzNDw&NR=1
2 JIM REEVES
http://www.youtube.com/watch?v=r7c83DqE9WY&feature=related
3 Laila Kinnunen
http://www.youtube.com/watch?v=RWOUoW58SFA

★Helmut Lotti:
現在ヨーロッパで活躍中のポピュラー歌手、私はこの人のSarie Maraisがかなり好きだ。
http://page.freett.com/seurat/frame_lr.html
確かに日本では全く有名ではない。
http://en.wikipedia.org/wiki/Helmut_Lotti
なぜ、アフリカーンスでSarie Maraisを歌っているのか。
「1999年、南アフリカと独自のリズムに惹かれ、アフリカ土着の曲を交響楽団とコーラス、ソリストという形態に合うようにアレンジする。そして"Out of Africa"が南アフリカのある小さな町で製作された。

ヘルムートは母国語であるオランダ語の他に、英語、ドイツ語、フランス語を話し、スペイン語イタリア語、ヘブライ語、ロシア語、ラテン語を含めた 9ヶ国語で歌う。そして"Out of Africa"でいくつかのアフリカの部族の言葉、アフリカーン(南アフリカの公用オランダ語)が加わった。」
★ JIM REEVES(1923~1964 (aged 40))
an American singer-songwriter of country western and pop music.
http://en.wikipedia.org/wiki/Jim_Reeves
アメリカのカントリーの歌手だそうです。へえ 知らなかった。たしかにいい声してます。
なぜ、アフリカーンスでSarie Maraisを歌っているのか
”In the early 1960s, Reeves was more popular than Elvis Presley in South Africa. During this period, he recorded several albums in Afrikaans.”
http://sohske.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/jim_reeves_a733.html
★ Laila Kinnunen(1939 – , 2000, Finland)
http://en.wikipedia.org/wiki/Laila_Kinnunen
フィンランド人の歌手で195,60年代の人気歌手。Youtubeにもたくさんクリップがありました。
あまり、日本では有名ではないみたいですね。
なぜ、アフリカーンスでSarie Maraisを歌っているのか、わかりません。
フィンランド語だとくわしい資料があるみたいですが。

資料整理
★歌詞 lyrics
Sarie Marais
http://www.openlanguages.net/afrikaans/culture/songs/choirs/oos-kaapse-kinderkoor/sarie-marais/

My Sarie Marais woon so ver van my hart
Ek hoop om haar weer te sien
Sy het in die wyk van die Mooi rivier gewoon
Nog voor die oorlog het begin

KOOR

O bring my terug na die ou Transvaal
Daar waar my Sarie woon
Daar onder in die mielies by die groendoring boom
Daar woon my Sarie Marais

Ek was tog so bang dat die Kakies my sou vang
En ver oor die see wegvoer
Toe trek ek na die kant van die Upington se strand
Daar oorkant die groot rivier

English translation:

My Sarie Marais is so far from my heart
I hope to see her again
She lived in the vicinity of the Beautiful river
Before the war(*) started.

CHORUS

Oh bring me back to the old Transvaal
There where my Sarie lives
Down there at the corn at the green thorn tree
There lives my Sarie Marais.

I was afraid that the English would catch me
And take me far across the sea
So I moved to the side of the Upington�s beach
Across the big river.

http://www.nationalanthems.us/forum/YaBB.pl?num=1136108511
Sarie Marais

My Sarie Marais is so ver van my hart,
Maar 'k hoop om haar weer te sien.
Sy het in die wyk van die Mooirivier gewoon,
Nog voor die oorlog het begin.

Keerzang:

O bring my trug na die ou Transvaal,
Daar waar my Sarie woon:
Daar onder in die mielies by die groen doringboom
Daar woon my Sarie Marais,
Daar onder in die mielies by die groen doringboom
Daar woon my Sarie Marais.

Ek was so bang, dat die kakies my sou vang,
En ver oor die see wegstuur;
Toe vlug ek na die kant van die Upington se sand
Daar onder langs die Grootrivier.

Keerzang:

Die kakies is mos net soos 'n krokodillepes
Hul sleep hou altyd watertoe.
Hulle gooi jou op 'n skip vir 'n lange lange trip
Die josie weet waarna toe.

Keerzang:

Verlossing het gekom, en die huistoe gaan was daar,
Trug na die ou Transvaal,
My liewelingspersoon sal seker ook daar wees
Om my met 'n kus te beloon.

Keerzang:

English translation:

Sarie Marais

My Sarie Marais is so far away from my heart,
But I hope to see her again.
She lives in the district of Mooiriver,
Since before the war began.

Refrain:

Oh, take me back to my dear Transvaal,
To where my Sarie lives:
There down by the maïsfields near the green thorn tree,
That's where my Sarie lives.
There down by the maïsfields near the grren thorn tree,
That's where my Sarie lives.

Refrain:

I was so scared that the English would catch me,
And send me away accross the sea;
That's when I fled in the direction of the sandflats near Upington,
There down by the Orange River (formerly Great River)

Refrain:

The English are just like crocodiles,
They always drag you down to the water.
They trow you on a ship for a very long trip,
Only the Lord knows where to.

Refrain:

Liberation came, and it was time to return home,
Back to my dear Transvaal.
The person I love will certainly be there,
To reward me with a kiss.

Afrikaans and French Lyrics
Sarie Marais -
http://www.scribd.com/doc/12827462/Sarie-Marais-Afrikaans-and-French-Lyrics

Je veux revoir dans mon vieux Transvall
Ma ferme au toit de chaume
Où le parfum du miel et des conifères embaument
L'air pur est clair comme un cristal
Où le parfum du miel et des conifères embaument
L'air pur est clair comme un cristal
Sari Mares belle amie d'autrefois
En moi tu demeures vive
L'amour est plus fort que la pluie et que le vent
Qui peut arrêter son élan
Je veux revoir dans mon vieux Transvall
Ma ferme au toit de chaume
Où le parfum du miel et des conifères embaument

★mp3音源
http://www.openlanguages.net/afrikaans/culture/songs/choirs/oos-kaapse-kinderkoor/sarie-marais/
http://beemp3.com/download.php?file=1203396&song=Sarie+Marais
http://www.esnips.com/doc/aa181d9e-5ca6-4557-be68-7eb59cd4f5af/Sarie-Marais
http://onnen-chor-stuttgart-sarie-marais-mp3-download.kohit.net/_/306298
★参考になるサイト
http://diamondsandrust.wordpress.com/2007/10/15/the-sarie-marais-and-apartheid/
http://www.archive.org/details/EbenvanRenen_TheoBrinkelEpisode10WaarwoonmySarieMarais

http://www.civilwarpoetry.org/union/songs/sarie-exp.html
☆VisWiki
http://viswiki.com/en/Sarie_Marais

http://www.absoluteastronomy.com/topics/Sarie_Marais
http://www.movenet.or.jp/kobe-hs/ongaku/salimatx.htm
http://hornconncom.blog26.fc2.com/?mode=m&no=209
http://www.sariemarais.com/tuis.html 
http://www.civilwarpoetry.org/union/songs/sarie-exp.html
★楽譜
http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Volk_en_Vaderland_54_-_Sarie_Marais.png

Sarie Maraisの研究 2

というわけで
 Sarie Marais は Afrikaansを学ぶスタートとしてはふさわしい歌だとわかった。
1.Afrikaansで書かれている。中味も易しくわかりやすくおぼえやすい。
2.歌いやすくおぼえやすい。いい歌だ。(敵の英国軍のマーチになったぐらいだ。)
3.歌詞、音源、訳、楽譜、がインターネットで簡単に手に入る。、
4.歴史もあり、現在、Afrikaansを話す人たちに広く愛唱されている。  
5.しかも、 あまり、日本では有名ではない。

http://www.sariemarais.com/tuis.html 
というのもあった。そのサイトの趣旨に
1) The aim of this website is to promote Afrikaans and to share the South African and Afrikaner culture with those who want to share in it.
とあった。
Afrikaner つまり、南アフリカ先住移民の子孫 の言語と文化を促進することだそうだ。
結局 Sarie Marais は南アフリカのオランダ系白人の言語と文化のシンボルみたいだ。

ところが、南アフリカは白人だけが住んでいるのではない。
もともと原住民のアフリカ黒人住んでいて
そこへ白人たちが侵略したとも言える。
オランダ系白人も英国軍から迫害を受けたが、
この2つの白人たちもいつも原住民のアフリカ黒人を迫害していた。
白人たちはアパルトヘイトで黒人たちを隔離して搾取した。
南アフリカが自然と鉱物資源が豊かだから狙われたとも言える。

ソウェト蜂起
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%88%E8%9C%82%E8%B5%B7#.E6.9A.B4.E5.8B.95.E3.81.AE.E8.A9.B3.E7.B4.B0
「略
1976年に
「すべての黒人の学生がアフリカーンス語を学ぶこと、および中・高等学校での数学、社会科学、地理学と歴史をアフリカーンス語で教えることを強制したアフリカーンス語中間法令」
にアフリカーンス語を「白人支配の象徴」と見なす黒人、特に学生達の間に激しい反発が起こった。

976年6月16日の朝に、学校でアフリカーンス語の学習を強制されることに抗議するため、何千という黒人学生がデモ行進のために集まった。

ひとりの白人男性の警官がピストルを引き抜き銃を発射したことで、パニックと大混乱が起こった。

6月25日までには死者176人、負傷者1139人、逮捕者1298人(警察発表による)
の、前代未聞の大惨事になる。」
(私がソウェトの記念館にいったとき、たしか死者660人と書いてあった。)
The Soweto Uprising was a turning point in the liberation struggle in South Africa.
http://en.wikipedia.org/wiki/Soweto_uprising
☆ソウェトの記念館
ヘクター・ピーターソン博物館
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8

このときからマンデラさんたちが活躍してくるのである。

もう
「私は言語問題についてアフリカの人々に相談しなかったし、そうするつもりもない。アフリカ人は「ボス」がアフリカーンス語か英語しか話さないことに気付いただろう。両方の言語を知っていることはその人に有利になるだろう。」
なんて、言われなくなった。
なにしろ
「ジャーナリストによって撮られたヘクター・ピーターソンの死体の写真は怒りを呼び、アパルトヘイト政府への国際非難をもたらした。多くの西洋の国において、南アフリカ政権に対する抗議行動が起こった。国際連合は南アフリカにさらに多くの制裁を課した。」

ヘクター・ピーターソンの死体の写真
私も記念館で見ました。兄が死体をかかえて、そのそばを泣きながら妹が歩いています。
☆Hector Pieterson
http://en.wikipedia.org/wiki/Hector_Pieterson

「この暴動がアパルトヘイトの終わりの始まりを意味した出来事であると広く考えられている。この暴動は国中に反響を呼び、暴動の後には、多くの黒人の市民がアパルトヘイトの現実に目覚め抵抗を始めた。
一方で若干の白人の市民も政府に対する支持を撤回した。政府による取り締まりが続いたにもかかわらず、人民の不安とアパルトヘイトに対する反対は 1980年代の終わりまで成長し続けた。国内外の圧力により、1990年から1994年の間の交渉を経てアパルトヘイトは終わった。」

というわけで、現在はかつての支配者オランダ系白人の言語アフリカーンスは
かつての地位を失い、南アフリカの公用語の一つとなった。

(マイナー言語フェチの私にはむいているかもしれない。)

Sarie Maraisの研究1

☆そもそも

 最近、なぜか、年末に行った南アがとてもなつかしくなり、アフリカーンスの学習を始める気になった。
 今までの経験(カタルーニャ語)から、まず 歌をおぼえて学習することにした。
 ここでみつけた歌が気に入った。名前は Sarie Marais
http://www.openlanguages.net/afrikaans/culture/songs/choirs/oos-kaapse-kinderkoor/sarie-marais/
少年合唱が美しく、英訳があるので気に入った。

 ところがたまたまYoutubeでも Sarie Marais をみつけた。
0
http://www.youtube.com/watch?v=wrvEwv26WLc&feature=related
 この歌も写真もカラオケもすてきで気に入った。

 そこでYoutubeでSarie Maraisで検索してみたら、ざくざく出てきた。
★プロの歌手
1 Helmut Lotti
http://www.youtube.com/watch?v=839JGiLzNDw&NR=1
2 JIM REEVES
http://www.youtube.com/watch?v=r7c83DqE9WY&feature=related
3 Laila Kinnunen
http://www.youtube.com/watch?v=RWOUoW58SFA

4 若者も
http://www.youtube.com/watch?v=X7rumczh1pI&NR=1
5 おじさんも
http://www.youtube.com/watch?v=x7inriVEQe0&feature=related
6 おばさんも
http://www.youtube.com/watch?v=VlhpDPS8BC0&feature=related
7 英国海兵隊も
http://www.youtube.com/watch?v=YiJETKWdCvc&feature=related
8 デジタル演奏
http://www.youtube.com/watch?v=xuM4Xy1ktWU&NR=1
9 これはなんだ?
http://www.youtube.com/watch?v=PnxEELhEPNA&feature=related

 ということは かなり有名な歌であると思われる。
歌はみんなアフリカーンスで歌われている。
 というわけで wikipediaで調べてみた。 まだ アフリカーンスはできないから、
 英語で調べてみた。
http://en.wikipedia.org/wiki/Sarie_Marais
http://viswiki.com/en/Sarie_Marais
http://www.absoluteastronomy.com/topics/Sarie_Marais

〇「サリーマレーはアフリカーンスの伝統的な民謡である。第一次ボーア戦争と第二次ボーア戦争の時期につくられた。
もともとはアメリカエリー リーというの南北戦争の歌だったが、アフリカーンスにすぐに訳された。
英語にすると、
私のサリーマレーは私の心から遠く離れてしまった。でも、もう一度会いたい。
サリーマレーは戦争がはじまる前はモイ川のそばに住んでいた。
ああ、私をあのなつかしいトランスバールへかえしておくれ。
そこにサリーマレーが住んでいる。
アカシアの木の近くのトウモロコシ畑の間に私の愛しいサリーマレーが住んでいる。

この詞は英国軍による女性やこどももふくめたボーア人の強制集収容所への強制移住まで続く。」

☆「英国軍による女性やこどももふくめたボーア人の強制集収容所への強制移住」とは何だ?

☆ボーア戦争のことをあまり知らないので少し調べた。
イギリスとオランダ系先住移民の戦争だ。喜望峰はフライングダッチマンで有名。つまり、古くからオランダ人が入植していた。そこをイギリスはね らって戦争をしかけた。それが第一次ボーア戦争。なんとか、両者は妥協したのだが、南アフリカには金とかダイアモンドがでてきたものだから、イギリスは欲 こいて、また戦争をしかけた。これが第二次ボーア戦争。かなり、どろぬまの戦争になって、最後はゲリラ戦になってしまった。手を焼いたイギリスは女子ども も強制収容所へ送り込み、虐待して、なんと1万人以上が死んだという。

〇「1900年(第二次ボーア戦争)に付け加えられた歌詞
イギリス軍が私を捕まえて遠くの収容所に送るのがとてもこわいわ。だからオレンジ川からドイツナミビアに逃げたの。
イギリス政府はまるでワニよ。水中に引きずり込むの。やつらはあなたを船に乗せて神のみぞ知るところへの長旅をさせるわ。
戦争がおわった。私のいとしい国トランスバールに帰りたい。私の愛する人が私をキスで迎えてほしい。」

☆このような反イギリスの愛国の歌なのに、なぜか、1953年に英国王立海兵隊の公式マーチソングになっている。よくわからん。
また フランス軍の海兵隊でもフランス語で歌うそうだ。

7は英国王立海兵隊のマーチ。ひどいことをした英国だけど、この曲で
 "Royal Marines, to you duties... quick march" なんていっていっているところだけはかっこいい。
9はフランス軍だった。

☆Googleで 「サリーマレー」で検索してみた。おもしろいサイトが2つみつかった。
10 http://www.movenet.or.jp/kobe-hs/ongaku/salimatx.htm
11 http://hornconncom.blog26.fc2.com/?mode=m&no=209

10より 引用
前略
「サ リ ー マ レー」 の 歴史  
 この歌は、南アフリカの内外を問わず、ちょうど「さくらさくら」や「ワルツイングマチルダ」が
それぞれ日本やオーストラリアの国を代表する歌として連想されるように多くの人々から
「国の歌」としてとらえられている。近年まで,南アフリカの政治の舞台は白人系アフリカ人
によって支配されてきたので彼らの間で人気のあった「サリー マレー」が「国を代表する歌」
に昇格するのは容易なことだった。しかし今日ではこの歌は数ある、国の歌のひとつとしてと
らえられている。サリーマレーが国の代表歌であるという認識は同国がイギリス連邦内で、
指導的、支配的な役割を担っていた頃と南アフリカ軍がいわゆる連合国側で載った両大戦
の間である。この曲はイギリス連邦軍部内で大人気となり、南アフリカ以外のバンドのレパー
トリーに加えられるまでになったo 今日でも南アフリカ人(主に白人)が集まって故郷を偲ぶ時、サリー マレーをよく歌う。
後略
11より 引用
前略
サリマライズ 作詞 森田 久男

わがもと はなれ さりゆける
なつかしき 友よ
今 ふたたび かえりきたる
われらの もとへ

ああ なつかしきかな
いざ うたわん
うるわし花は 野に山にみち
小鳥も 歌う
小川の せせらぎも楽しげに
われらと 歌う

この曲は、高校内の合唱コンクールで代々歌い継がれてきたため、OB・OGは必ず歌える。

オランダ民謡とあるが、今から150年前の米国南部の農園歌だったものが、英国~南アフリカ~オランダと伝わり、第二次世界大戦でシベリアの捕虜 収容所でオランダと日本の交流で、元神戸中央合唱団指揮者の中村仁策さんが巻きタバコの紙に書き留めて帰国後森田久男さんにより歌詞をつけられた。原曲は 女性サリマライズへの恋慕の情と別れを表してたが、友人との別離と出会いの歌となったものなのだそう。

第55回神戸高校音楽会(平成14年10月8日)でも詳しく紹介されている。
後略
☆なんと驚いたことに、日本にはオランダからやってきたのか。神戸高校の伝統の歌になったといのは知らなかった。

2009年2月1日日曜日

Talk to the animals

また ドリトル先生の映画からです。

Rex Harrison version (オリジナル映画版)
http://jp.youtube.com/watch?v=74XBN2YgSJc&feature=related
Louis Armstrong's version
http://jp.youtube.com/watch?v=1xdrkm-3Mgo&feature=related
Lennon Sisters って知ってる?
http://jp.youtube.com/watch?v=EtlODX1Ba0M

If I could talk to the animals, just imagine it,
Chattin' with a chimp in chimpanzee,
Imagine talking to a tiger, chatting with a cheetah,
What a neat achievement it would be!

If we could talk to the animals, learn their languages,
Maybe *Take* an animal degree,
I'd study elephant and eagle, buffalo and beagle,
Alligator, guinea pig, and flea!

I would converse in polar bear and python,
And I would curse in fluent kangaroo,
If people ask me "can you speak rhinoceros?"
I'd say "of courserous! Can't you?"

If I conferred with our furry friends, man to animal,
Think of the amazing repartee
If I could walk with the animals, talk with the animals,
Grunt and squeak and squawk with the animals,
And they could talk to me!

If I consulted with quadrupeds
Think what fun we’d have asking over crocodiles for tea!
Or maybe lunch with two or three lions, walruses and sea lions
What a lovely place the world would be!

If I spoke slang to orangutans
The advantages *NO WORD HERE* any fool on earth could plainly see!
Discussing Eastern art and dramas
With intellectual llamas
That’s a big step forward you’ll agree!

I’d learn to speak in antelope and turtle
And my Pekinese would be extremely good
If I were asked to sing in hippopotamus
I’d say “whynotamous?” and I would! *And loud*

If I could parlay with pachyderms
It’s a fairy tale worthy of Hans Anderson *At* Grimm
A man who walks with the animals and talks with the animals
Grunts and squeaks and squawks with the animals
and they could talk to *me*!

*no words here*

I’d study every *living* creature’s language
So I could speak to all of them on site
If friends said “can he talk in crab or *no word here* pelican?”
You’d say “*like hell he can” and you *might* be right!

And if you just stop *to* think of it
*there's* no doubt of it
*I would* win a place in history
If I could walk with the animals
Talk with the animals
Grunt *no word here* squeak and squawk with the animals
And they could squeak and squawk and speak and talk to me!

Fabulous places

ドリトル先生の不思議な旅 という ミュージカル映画にでてくる歌です。

Youtube
http://jp.youtube.com/watch?v=2t_8Z8DmMFU

http://jp.youtube.com/watch?v=Via2t6AcHK4

http://jp.youtube.com/watch?v=3zknyFiR-U0&feature=PlayList&=FA6DFA69C643929B&playnext=1&index=17

There are so many fabulous faraway places to see!
Such as Mexico, Sweden, Hawaii, Japan and Capri!
There are so many exciting & wonderful places!
Mountains and jungles, deserts and oases!
Pleasant as home is,
It isn't what Rome is!
So why stay there?
When there are so many fabulous faraway places to see!
Why should Spain and Tahiti and Rio
Just be only names to you and me?
I feel certain there are people
We'd be glad to know there!
So tell me why don't we get up and go there?
Go to those fabulous places where we long to be?
Like Bangkok & Hong Kong & Paris & Venice!
Tokyo & Cairo & Lisbon & London!
Wonderful fabulous places we're longing to see!

There are so many
Simply incredible places to see!
When I think of the warm Caribbean,
I see a new world for you and me!......
I'd give anything just to have one single day there!
And once we get there,
I know that we'll stay there!
Stay in those fabulous places
Where we long to be!
Like Bangkok, Hong Kong, Paris and Venice
Tokyo and Cairo and Lisbon and London
Siam! Sienna! Vienna! verona!
Java! Jamaica! Bombay! Barcelona!
Show me those fabulous places
We're longing to see!

lang-8のおすすめ

lang-8はおもしろいです。外国語学習のmixiのようなソーシャルネットワークサービスです。
http://lang-8.com/

(某所の再録)
ang-8は今までなんでこんな試みがなかったのだろうというほど新鮮で、効果のある
言語学習方法だと思います。
1.ダメだし
会話はコミュニケーションなので、人間関係とか、双方のnonverbal sensitivity (非言語コミュニケーションの感受性)でことばそのものの正確さをあまり、指摘しないときがあります。ところが、lang-8では、好意や善意はあるけれ どまだ人間関係があまり育ってない人から、添削を受けることができます。人間関係が育っていると、「どうして、これくらい察してくれないの。」とか「いち いち、細かなまちがいを指摘しないでよ。会話の流れがとぎれちゃうじゃないの。」という不満もでてきます。
 それに比べると、lang-8の添削は実に素直に受け止めることができます。添削をする人たちも一人出ない場合も多く、人によって、添削が微妙に違います。そのことで、書く人はいろいろ学ぶことや問題を発見する事ができます。
2.添削する楽しさ
不思議なことですが、日本語学習者の少し不自然な日本語をみると、日本語ネイティブの人はなぜか、訂正したくなるのです。ネイティブがふだん、あ まりにも当たり前だと思って使っている日本語の使い方がnon-nativeの人に理解してもらうのに、どう説明すればよいか、考えます。これは自分の日 本語能力をじっくりと考え直すよい機会になります。
3.書きたいことをかく。言いたいことを言う。
もともと言語は、言いたいことや、伝えたいことがあって、使うものだったはずです。学校教育の言語教育で見落とし勝ちになる所ではないでしょう か。言語の使い方だけとか、間違いだけを頭につめこんでも、本人が使いたくて使わなければなかなか、定着も発展もむずかしいのではないかなあ。ネイティブ の人の言語能力はその社会で生きるために使ってきてついたものだと思います。だから、言葉を使って伝えたい、あるいは 言いたいことがあるから
、言葉を使いたい という強い感情が言語能力を伸ばす大きな要素だと思うのです。それが、SNSのシステムでうまく動いているような気がします。

 ということで私はLang-8はとても外国語学習に効果的なものだと思います。

広東語のきっかけ

この年末にキャセイ航空で日本から南アフリカを往復しました。
成田から香港の飛行機で、隣にすてきな若い香港女性と一緒になりました。
彼女は英語、広東語、北京語、それから、日本語を話しました。
いろいろ広東語を教えてもらいました。
私は若いころに少し北京語をかじったことがあるのですが、(もちろん簡体字)
字が似ていても、全然、響きがちがう中国語に驚いてしまいました。
これから、新しい言葉を学ぶのはもう無理かなと思っていたのですが、
心境の変化が起こって、広東語学習を始めることにしました。
 私はカタルーニャ語を学習して、3年になるのですが、
教材が少ないのに泣かされていました。
ところが、この広東語も日本ではなかなか教材が手に入りませんね。
ところがmixiには、やはり、この方面の達人の日本人の方のコミュニティがありました。
これからがんばろっと

I will never say "I can't".

最近、私の青春時代のあこがれの本
Whole earth catalog
が ウェブで公開されたと聞いて
見に行きました。
http://www.wholeearth.com/index.php
PDFは5ドルで購入ができるそうなのですが、
ページをめくるだけだとただで閲覧できます。
なつかしいページをめくっていて気がつきました。
かつて、この本を買って、見ていた頃は、この英語が読めなくて、
一生、この本が読めるようにならないだろうなと思いながら、
あこがれて、ながめていたのですが、
なんと、今は読めるのです。
つまり
あの頃は一生、英語の本が読めるようにならないと信じていたのです。
実際にできるかどうかとは関係なく、できないと信じ込んでいたのです。
で、はっとしました。
「できるか、できないかはわからないけれど、
これからはできないと信じ込むのはやめよう。」
自分の人生だし、できないと信じても、できると信じても、
誰にも迷惑がかからないのだから、できないと信じ込むのはやめよう。
できると信じ込むのがちょっと無理なことでも、できないと信じ込むのややめよう。

というわけで
今まで、残りの人生で、できないであろうとあきらめかけていたことを始めることにしました。
それは
またまた外国語の学習です。
今もカタルーニャ語をとろとろと学習中ですが、、
その上に

広東語
アラビア語
ポルトガル語
韓国語
中国語

の学習を始めました。
それこそ、だれの迷惑にもならないので
私なりのやり方で、好きに独学します。
いかにお金と時間をかけないで、
効果的に学習するかを考えるのも語学学習の楽しみです。
その点、このネット時代はありがたいです。

ところが、はじめてみて気がついたのですが、
この外国語たちはコンピュータに入力するのが
むずかしいものばかりなのです。
中国語はピンインで入力
韓国語もハングルの文字システムが必要
アラビア語は右から左へ書く
広東語は発音表記方法が3種類もある
ポルトガル語ぐらいですね、今すぐ入力できるのは

だから、今は毎日、音をきいています。

11日目

 この日は月曜日
もう、娘の仕事が始まったので、空港まで送りにきてもらうことができません。タクシーを予約して、朝10時に出発しました。
タクシーの中で運転手さんと楽しい会話ができたと思ったのですが、支払いのときにチップをぼられそうになってちょっとがっかりしました。
空港では、あまり、経験がないので、すこしまごつきました。やっと、出発待機ロビーについて、娘に電話をかけようとしたのですが、かなり苦労しました。電話のかけかたはよく予習しておく必要がありますね。
飛行機は香港まで、17時間
ながかったです。
一晩ねてから朝食のときにやっと隣の人と話をしました。
ザンジバルから日本のJICAに研修にいくとのことでした。
ザンジバルはそんなに危険ではないとのことでした。
日本語のひらがなを教えてあげました。

7日目

ワイナリ巡り
丸一日むだに過ごした翌日
車でワイナリめぐりをしました。
ステルンボッシュというケープタウンの郊外にワイナリがたくさんある町があるのです。
私は昨日のことでもわかるようにワインは駄目なのですが、
ワイン農園はほんとうに素敵でした。
キレイなブドウ畑、きれな庭、こんなところでピクニックをしたら、さぞや
昂然の気が養われることだと思ったことでした。
ワイナリは環境がとても、洗練されていて、景色はもちろん、絵がかざってあったり、すてきなレストランやロッジもついてたり、古い建物や図書館、バラ園などがあるところもあって、観光には最高です。ワイン好きにはたまらないでしょうね。
参考までにどこもお手洗いにいったのですが、みんな個性のある清潔なアートなお手洗いでした。
行ったところ
キャノンコップ
http://www.kanonkop.co.za/
トカラ
http://www.tokara.co.za/
ビルトン
http://www.biltonwines.co.za/
メーラスト
http://www.meerlust.com/
レステンブレーデ
http://www.rustenvrede.com/estate-of-mind/gallery
ベルヘレーヘン
http://www.vergelegen.co.za

六日目(?)

大晦日、寝てから、夜中になって、ひどい吐き気に襲われた。 
何回もトイレにいって、久しぶりに胆汁の味をあじわいました。
「やはり、なれない美食をすると罰が当たるなあ。」といって、後悔はしていないのだけれど。

お腹の調子は悪く、次の日はベッドメーキングの時間以外はホテルのベッドで眠っておりました。
食べ物も食べたいという気にもならず。ケープタウンで1日むだにすごしてしまいました。
お天気もよかったのにね。

5日目

五日目 美食の日
ホテルの朝食はイングリッシュブレックファスト。これは日本でいうバイキングだとは知りませんでした。で、たっぷりと朝からオムレツやフルーツをいただきました。
この日は12月31日。喜望峰までドライブです。またまたお天気にめぐまれて、快適でした。ケープタウンの西のはずれはカムベイというかなり、高級なリゾートでした。ジョバーグやプレトリアでは見る事のできないジョギングをしていました。
 でも一番のみものはきれいな層をしている岩山です。この岩山はいつまで見ても飽きないものでした。
 ケープ半島の東側にペンギンが住んでいる場所があって、そこでペンギン見物です。ペンギンは魚くさいということを発見。でも人に害はありません。
 その後、たまたま立ち寄ったレストランはほんとうにすてきでした。
いい景色(外で海が見えました。)新鮮なシーフード(ロブスターと海老と牡蠣)すてきなサービス(きのうと大違い)おいしいデザート と4拍子そろっためったにない経験でした。
 ところがそのレストランに「バブーンにえさをやらないでください。」と書いてあったのです。バブーンとは? 何か動物なのですが、、、 
 ドライブの途中でついにバブーンに遭遇。バブーンは猿の一種「ヒヒ」でした。車の窓に手をつっこんで食べ物をとったり、屋根にのぼったり、かなりの悪さをしておりました。
 喜望峰は cape of good hopeといって、正確にはアフリカの最南端ではありません。最西南端です。その隣にcape pointというケープ半島の最南端があります。ここで、「カリブの海賊」にでてくるフライングダッチマンを発見しました。もともとフライングダッチマン 「空飛ぶ幽霊船」はこの岬の天候の悪いときにあらわれるものだったそうで最後に現れたのは1875年だとか。ほんとかな。その頃はケープタウンはオランダ 人が住んでいたのでダッチマンなのだそうです。
さて、ケープ半島をもどるとき、ぶどう畑がたくさんありました。ここはワイン農園が南アで初めてできた所だそうです。
その一つ グルートコンスタンシアに立ち寄ったところもうその日はしまっておりました。その近くにかなり、大きなモールがあり、そこに日本料理店 があったのです。そこで、なんとお寿司を食べました。そこで大晦日なのでワインとチーズを買って12時に乾杯しようということになりました。
 ホテルにもどるとさすがに疲れてはやめに寝てしまいました。11時にめがさめたのだけれど娘は寝ぼけ眼。ワインを飲むのにコルク抜きがない。そうこうしているうちに12時になり、ケープタウンの港に花火があがりました。
ウォーターフロントまで行って栓抜きを探しやっと乾杯 すぐに寝ました。その後に恐ろしい事が起こるともしらずに。

続き(4日目)

2009年01月11日02:29

やっと、ながい(とても長い)カルチャーショックからそろそろ立ち直ってきたみたいなので、続きを書いてみます。
3日目の晩、すごいスコールを経験しました。ジョバーグからプレトリアに帰る途中です。高速道路だったので、少々こわかったです。
さて、4日目は朝はやく4時に起きてタンボ空港より、飛行機に乗りました。
朝早くの便だったので、ケープタウンに着いたときはまだ、朝の9時でした。車を借りて、まず、テーブルマウンテンに行きました。テーブルマウンテ ンはケープタウンのランドマークだそうですが、天気がよくないと、雲がかかってしまうそうです。その名もテーブルクロース。その日は快晴で、絶好のテーブ ルマウンテン日和でした。それで、朝の10時に着いたのに、長蛇の列。2時間まってやっとケーブルカーに乗りました。このケーブルカーは40人乗りの大き な円形の回転するものでした。
途中の景色はすばらしかったです。でも上についてみると、また、かなり、広い岩場があっておもしろいものでした。お天気もよかったので人が一杯でしたが、散歩をして楽しむことができました。
  街に降りて、3時ごろにホテルにチェックイン。それから、歩いて近くのウォーターフロントへいきました。まあ、観光客むけのモールと遊び場です。シーフードレストランで牡蠣を食べたのですが、観光地のレストランであまり、サービスはよくありませんでした。
 気がついたのですが、南アフリカは動物がけっこう多いです。鳥はよくみかけます。テーブルマウンテンにもいました。
その日は疲れたのかはやめに寝てしまいました。

帰りました

2009年01月06日19:32

1.長い飛行機旅行
2.真夏から真冬への激変
3.最初のヨハネスバーグの空港の初めての一人出国
で、神経をすり減らしてしまって、今は頭がへろへろです。

アフリカにはいろいろな国があることを忘れていました。
隣の席に座った人はザンジバルから日本に研修にくる人でした。

海外旅行はやはり、いつも刺激がありすぎです。
回復まで少し休みます。

3日目

2009年01月04日06:5

午前中、ヨハネスバーグから
sowetoへバスツアーをしました。
この印象はあまりにも強くてまだ、頭を整理できません。
南アフリカの社会を垣間見たような気がしました。
午後は一転して
カジノです。
めずらしい経験でおもしろかったです。
その晩はmoyoというちょっとおしゃれなレストランで食事をしました。
また、牡蠣からはじめて、ホロホロ鳥のシチューを食べました。
食事もおいしかったけれど雰囲気がよかったですね。
この旅は食事は贅沢でとても日本ではいったことのないようなお店にもいきました。
この日の昼も日本食レストランいきましたが、少し高級な感じがしました。
食べたのは親子どんぶりなのに。

2日目

2008年12月28日13:53

まあ、時差ぼけのせいで、夜中の3時ころ目が覚めた。
私は家にいるのがおもしろくて楽しかったのだけれど
さっちゃんはジムへ走りににいきました。
外をジョギングするのは危険なんだそうだ。

さっちゃんとともだちのyさんが
ジョバーグを案内してくれました。

動物が放し飼いにされている公園でたくさんの動物を見物しました。
サイ、ライオン、ハイエナ、ハゲワシ、チータ、ダチョウ、いろいろな角のある動物、
野生ではないのでしょうが、広い台地に放し飼いにされていて、動物園ではみられない動物の姿は印象的でした。
その後その公園にある鍾乳洞を見学、秋芳洞のような大きいものではないけれど、深さがあって、なかなかよかったです。

夕食はマンデラさんの像があるモールのレストランでした。
カキとステーキがメイン ステーキはおいしかったです。

私は案内人がいたので危険な目にはあわなかったけれど、
話を聞けば聞くほど、みんな怖い目にあっているそうです。
こんな観光資源がたくさんあるのに、残念なことです。

10日目

 この日はヨハネスバーグ近くのある施設へ行きました。ある日本人の神父さんがつくったHIVの患者さんたちのホームです。
そこで、日本人女性のボランティアの人がいて、その人を訪ねました。彼女はそこのこどもたちの精神ケアをしていました。
こどもたちはとてもかわいかったです。私はすぐに、こどもたちから 「teethはどうしたの」と言われました。(力なく笑う)
それから、いっしょにヨハネスバーグのモールと動物園に行きました。
彼女は車がないので、なかなかダウンタウンまで出て行くことができないのだそうです。
モールではアフリカの原住民の踊りやマーケットがあり、おみやげを買う事ができました。
すてきな刺繍のクッションやテーブルクロースを買いました。
動物園は今まで、見ていなかった、象を見に行きました。かなり、広い動物園だったのですが、少々暑かった。ライオン、そしてバブーンがたくさんおりました。

最後にタイ料理店でお食事です。お腹が痛んでいたので、野菜やスープがとても恋しくて、たのみましたが、残念なことにあまり食べられませんでした。
それでもデザートのシャーベットは楽しみました。

今回の旅行でいったレストランです。参考までに
http://www.moyo.co.za/index.asp
http://www.dining-out.co.za/member_details-MemberID-2324.html
http://www.dining-out.co.za/member_details-MemberID-2535.html
http://www.dining-out.co.za/member_details-MemberID-167.html
http://www.dining-out.co.za/member_details-MemberID-1207.html
http://www.dining-out.co.za/member_details-MemberID-170.html

さて南アフリカです。

2008年12月27日14:24

忘れないよう時間で書いておこう。
25日やっとのことで辻堂から電車にのった。
11時11分 ちえちゃんお見送りありがとう。
戸塚で電車を乗り換えて
なんと成田についたのは13時55分
それから
保険、両替で時間をくってしまった。
あのここから入れないという入り口に入るのがあこがれだったけど、
意外に時間を食ってしまった。
さて、午後4時20分キャセイ航空で香港へ出発
だいぶ遅れて出発しました。
このとき、放送で南アフリカ経由でサンパウロ行きの人の呼び出しがあった。
飛行機は窓席のとなりで
隣は若い女性でした。
思わず日本語で話しかけたのですが、
日本語はだめと日本語で言われて びっくり
英語で話して、香港の人だとわかりました。
とても素敵な女性で香港まで楽しい旅行ができました。
彼女は、広東語、英語、北京語、日本語をつかう、マルチリンがルだったのです。
広東語をいろいろ教えてもらいました。
広東語を勉強したくなった。
香港の空港について、
3時間もまたなくてはなりません。
香港の新空港は街から離れていて、あまり、おもしろくないといわれました。
お金はランドとドルと円をもっていて、香港で買い物ができるか心配だったけど、空港で香港ドルを両替しました。
フードコートで食事をしたけどおいしかったですね。
キャセイ航空の食事はまあまあです。そんなにまずくないと思う。
本屋では米ドルで本がかえました。
出発ゲートはTVスクリーンでは22だったので、直前まで待っていたのですが、直前にお姉さんにみせたら、チケットに65番と描いてあり、急いでいきました。走ったので汗がでた。ここは冬です。
やっと飛行機にのって、いざヨハネスガーグなんと19時間だよ。
今度の席は3列で私が窓席
となりは親切そうな中年のブラックの人
そのとなりはアジア人の若者でした。
私の前はたぶん、広東系のおじさん3人組でうるさい、うるさい。
キャビンクルーのお姉さんをこき使っているようでかっこわるかった。
英語はけっこうみた。ハンコック とか 全部字幕は中国語
食事と睡眠でやっと朝になった。
朝になってやっと隣の人と話た。
ジンバブエのビジネスマン、年も私より4つ下くらいの同世代、こどもの年もおなじくらい。
アフリカのことをいろいろ話してくれた。
飛行機をおりるときなんと、その隣の若者が日本語で話しかけてきた。
なんだ、日本人なら話をすればいいのに、19時間話さないのはつまらないだろうといったら、なんと日系のブラジル人であった。ヨハネスバーグからさらにサンパウロに乗り換えだそうだ。
成田でそんな人の呼び出し放送があったのを思いだした。
飛行場はかなり、広く、新しく、かっこよかった。
荷物は少しまったが、かなりはやく出られたのだが、
さっちゃんが迎えにきとらん。
携帯の番号わすれちゃったし、空港で迷子になったら、どうしょう。
しばらく待つことにした。まつこと15分 見慣れた女性が捜しに来て
無事再会
車は右ハンドルで高速道路をぶっ飛ばした。
周りの景色はやはり異国 広さを感じました。
まあ、住宅についたら、驚いたことに番人と番犬がいるのです。
家は日本では考えられないほど広くきれい。それに、番人と番犬だ。
どうなってるの。
驚いたのは当たり前だけど、ここは真夏
きるものがない。
家で一休みしたら、近所のモールでユニクロよりも安いという店で
きるものを買った。
軽く食事をして休みました。
はあ ながかった。
でも、おもしろかった。

目で見るバッハ

Youtubeでみつけました。
音が目でみえるのですが、とてもおもしろく、見ていてあきません。
小フーガ
http://jp.youtube.com/watch?v=pVadl4ocX0M
トッカータとフーガ
http://jp.youtube.com/watch?v=ipzR9bhei_o

とうとう南アフリカ

2008年12月18日20:31
ついに南アフリカにいくことになりました。
今から わくわくです。
結局、日本 香港 南アフリカ のルートになりました。

Stardust

Nat "King" Cole
http://jp.youtube.com/watch?v=tFyKAUBkdOs&NR=1
ひばりさん
http://jp.youtube.com/watch?v=4gVopA9g7bY

And now the purple dusk of twilight time
Steals across the meadows of my heart
High up in the sky the little stars climb
Always reminding me that were apart

You wander down the lane and far away
Leaving me a song that will not die
Love is now the stardust of yesterday
The music of the years gone by

Sometimes I wonder why I spend
The lonely night dreaming of a song
The melody haunts my reverie
And I am once again with you
When our love was new
And each kiss an inspiration
But that was long ago
Now my consolation
Is in the stardust of a song

Beside a garden wall
When stars are bright
You are in my arms
The nightingale tells his fairy tale
A paradise where roses bloom
Though I dream in vain
In my heart it will remain
My stardust melody
The memory of loves refrain

Love Nat king Cole

かなり古い有名な歌です。残念ながらだれの歌なのか忘れました。
最近ここで聞きました。
http://www.merpy.com/love/love.html

なかなか いい感じなので 歌詞をさがしてみたら
これがけっこう意味が深い。

L is for the way you look at me
O is for the only one I see
V is very, very extraordinary
E is even more than anyone that you adore

Love is all that I can give to you
Love is more than just a game for two
Two in love can make it
Take my heart and please don't break it
Love was made for me and you

(trumpet instrumental)

L is for the way you look at me
O is for the only one I see
V is very, very extraordinary
E is even more than anyone that you adore

Love is all that I can give to you
Love is more than just a game for two
Two in love can make it
Take my heart and please don't break it
Love was made for me and you
Love was made for me and you
Love was made for me and you

意味はまたあとで。

とうとう南アフリカ 

2008年12月18日20:31
ついに南アフリカにいくことになりました。
今から わくわくです。
結局、日本 香港 南アフリカ のルートになりました。




レスピーギ リュートのための古代舞曲とアリア 第3組曲 Ancient Airs and Dances Set

大学のころに一度弾いたことがあります。
とても難しくて苦労したおぼえがあります。
最近 ブラスで聞く機会があってなつかしくなりました。

I. Italiana
http://homepage3.nifty.com/idoido/strings/midi/respighi/respi1.mid
II. Arie di corte
http://homepage3.nifty.com/idoido/strings/midi/respighi/respi2.mid
III. Siciliana
http://homepage3.nifty.com/idoido/strings/midi/respighi/respi3.mid
IV. Passacalia
http://homepage3.nifty.com/idoido/strings/midi/respighi/respi4.mid

とくに 3楽章と4楽章がおすすめ。 小曲だけど、この曲を弦楽合奏で美しく演奏するのはかなり、技術がいると実感しています。むしろブラスのほうがよく聞こえるのではないかなあ。


ここにmidiや楽譜があります。
http://homepage3.nifty.com/idoido/strings/repertory.html

ユングの性格テスト

性格テスト (Personality test)
はまるときは はまってしまいます。

ユングの性格テストです。
(英語)
http://www.humanmetrics.com/cgi-win/JTypes2.asp
(日本語)
http://www32.ocn.ne.jp/~emina/

不思議な事に英語と日本語では結果が違うのです。
英語では私は INFJ
http://typelogic.com/infj.html
ところが
日本語では INFP
http://www32.ocn.ne.jp/~emina/typebox/infp.html
(日本語のINFJ)
http://www32.ocn.ne.jp/~emina/typebox/infj.html
でも英語のINFJ で
INFJs have a knack for fluency in language and facility in communication. In addition, nonverbal sensitivity enables the INFJ to know and be known by others intimately.

「INFJタイプには言語の流暢さと容易にコミュニケーションする能力のコツをもってるる、、、、」
と書かれていたのでゴキゲンです。