最近、なぜか、年末に行った南アがとてもなつかしくなり、アフリカーンスの学習を始める気になった。
今までの経験(カタルーニャ語)から、まず 歌をおぼえて学習することにした。
ここでみつけた歌が気に入った。名前は Sarie Marais
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少年合唱が美しく、英訳があるので気に入った。
ところがたまたまYoutubeでも Sarie Marais をみつけた。
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この歌も写真もカラオケもすてきで気に入った。
そこでYoutubeでSarie Maraisで検索してみたら、ざくざく出てきた。
★プロの歌手
1 Helmut Lotti
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2 JIM REEVES
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3 Laila Kinnunen
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4 若者も
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5 おじさんも
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6 おばさんも
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7 英国海兵隊も
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8 デジタル演奏
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9 これはなんだ?
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ということは かなり有名な歌であると思われる。
歌はみんなアフリカーンスで歌われている。
というわけで wikipediaで調べてみた。 まだ アフリカーンスはできないから、
英語で調べてみた。
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〇「サリーマレーはアフリカーンスの伝統的な民謡である。第一次ボーア戦争と第二次ボーア戦争の時期につくられた。
もともとはアメリカエリー リーというの南北戦争の歌だったが、アフリカーンスにすぐに訳された。
英語にすると、
私のサリーマレーは私の心から遠く離れてしまった。でも、もう一度会いたい。
サリーマレーは戦争がはじまる前はモイ川のそばに住んでいた。
ああ、私をあのなつかしいトランスバールへかえしておくれ。
そこにサリーマレーが住んでいる。
アカシアの木の近くのトウモロコシ畑の間に私の愛しいサリーマレーが住んでいる。
この詞は英国軍による女性やこどももふくめたボーア人の強制集収容所への強制移住まで続く。」
☆「英国軍による女性やこどももふくめたボーア人の強制集収容所への強制移住」とは何だ?
☆ボーア戦争のことをあまり知らないので少し調べた。
イギリスとオランダ系先住移民の戦争だ。喜望峰はフライングダッチマンで有名。つまり、古くからオランダ人が入植していた。そこをイギリスはね らって戦争をしかけた。それが第一次ボーア戦争。なんとか、両者は妥協したのだが、南アフリカには金とかダイアモンドがでてきたものだから、イギリスは欲 こいて、また戦争をしかけた。これが第二次ボーア戦争。かなり、どろぬまの戦争になって、最後はゲリラ戦になってしまった。手を焼いたイギリスは女子ども も強制収容所へ送り込み、虐待して、なんと1万人以上が死んだという。
〇「1900年(第二次ボーア戦争)に付け加えられた歌詞
イギリス軍が私を捕まえて遠くの収容所に送るのがとてもこわいわ。だからオレンジ川からドイツナミビアに逃げたの。
イギリス政府はまるでワニよ。水中に引きずり込むの。やつらはあなたを船に乗せて神のみぞ知るところへの長旅をさせるわ。
戦争がおわった。私のいとしい国トランスバールに帰りたい。私の愛する人が私をキスで迎えてほしい。」
☆このような反イギリスの愛国の歌なのに、なぜか、1953年に英国王立海兵隊の公式マーチソングになっている。よくわからん。
また フランス軍の海兵隊でもフランス語で歌うそうだ。
7は英国王立海兵隊のマーチ。ひどいことをした英国だけど、この曲で
"Royal Marines, to you duties... quick march" なんていっていっているところだけはかっこいい。
9はフランス軍だった。
☆Googleで 「サリーマレー」で検索してみた。おもしろいサイトが2つみつかった。
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10より 引用
前略
「サ リ ー マ レー」 の 歴史
この歌は、南アフリカの内外を問わず、ちょうど「さくらさくら」や「ワルツイングマチルダ」が
それぞれ日本やオーストラリアの国を代表する歌として連想されるように多くの人々から
「国の歌」としてとらえられている。近年まで,南アフリカの政治の舞台は白人系アフリカ人
によって支配されてきたので彼らの間で人気のあった「サリー マレー」が「国を代表する歌」
に昇格するのは容易なことだった。しかし今日ではこの歌は数ある、国の歌のひとつとしてと
らえられている。サリーマレーが国の代表歌であるという認識は同国がイギリス連邦内で、
指導的、支配的な役割を担っていた頃と南アフリカ軍がいわゆる連合国側で載った両大戦
の間である。この曲はイギリス連邦軍部内で大人気となり、南アフリカ以外のバンドのレパー
トリーに加えられるまでになったo 今日でも南アフリカ人(主に白人)が集まって故郷を偲ぶ時、サリー マレーをよく歌う。
後略
11より 引用
前略
サリマライズ 作詞 森田 久男
わがもと はなれ さりゆける
なつかしき 友よ
今 ふたたび かえりきたる
われらの もとへ
ああ なつかしきかな
いざ うたわん
うるわし花は 野に山にみち
小鳥も 歌う
小川の せせらぎも楽しげに
われらと 歌う
この曲は、高校内の合唱コンクールで代々歌い継がれてきたため、OB・OGは必ず歌える。
オランダ民謡とあるが、今から150年前の米国南部の農園歌だったものが、英国~南アフリカ~オランダと伝わり、第二次世界大戦でシベリアの捕虜 収容所でオランダと日本の交流で、元神戸中央合唱団指揮者の中村仁策さんが巻きタバコの紙に書き留めて帰国後森田久男さんにより歌詞をつけられた。原曲は 女性サリマライズへの恋慕の情と別れを表してたが、友人との別離と出会いの歌となったものなのだそう。
第55回神戸高校音楽会(平成14年10月8日)でも詳しく紹介されている。
後略
☆なんと驚いたことに、日本にはオランダからやってきたのか。神戸高校の伝統の歌になったといのは知らなかった。
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